吉村昭の歴史小説の舞台を歩く

小説家 吉村昭さんの読書ファンの一人です。吉村昭さんの歴史記録文学の世界をご紹介します。   

「三陸海岸大津波」「幕府軍艦『回天』始末」「星への旅」の舞台を巡る

今回、念願の「三陸の海」を旅することになりました。

目的は、吉村昭さんが作家として再復活を遂げるきっかけともなる小説「星への旅」を書くために現地を訪れ、着想した場所である田野畑村に行くことでした。

この「三陸の海」は御夫人の津村節子さんの小説からお借りしたものですが、その小説自身も津村さんが吉村昭さんと一緒に三陸の海を旅されたことや、田野畑村での思い出などを回想されたものなのです。

最初に行ったのは、この浄土ヶ浜です。天候が悪く、綺麗な写真が撮れませんでしたが、震災の半年前に同じ場所に立ちましたが、震災による大津波で跡形もなくなった風景をニュースで見ていただけに、この風景は胸を撫で下ろす思いがします。

この海岸の側には、明治、昭和、平成と来襲した津波の石碑が建てられていました。

この浄土ヶ浜を上がると「宮古湾海戦記念碑」があります。第一駐車場の近くです。これは、明治2年3月に新政府軍の軍艦「甲鉄」をぶん取るため、旧幕府軍の「回天」、「高雄」らが宮古湾に集結していた軍艦に対し、海戦を挑んだ場所なのです。この内容は、「幕府軍艦『回天』始末」にスペクタルな描写で描かれています。

この建物は、田老町にある震災遺構の建物「観光ホテル」です。2階は柱を残して、全て流出しています。あのこの出来事が昨日のことのように蘇ってきます。

この写真は、新たに作られたとても大きな防潮堤から見たホテル周辺の状況です。まだまだ復興が進んでいるようには見えません。

海岸側の山を登り切ると、田老の名所「三王岩」を見下ろすことができます。とても素晴らしい景観に感動します。

田野畑村に行く手前に「鵜の巣断崖」があります。三陸リアス式海岸の景色を展望台から楽しむことができます。この場所が小説「星への旅」の舞台となる場所です。青年たちが集団自殺を遂げるシーンは吉村昭さんの独特の詩的な表現が使われていて、忘れられない小説のひとつです。この小説で「太宰治賞」を受賞され、この作品の後、色々な小説を発表することにつながったと言われています。

「星への旅」の石碑です。

三陸鉄道田野畑駅です。駅の構内には、「島越駅」と同様に吉村昭の文庫が置かれています。

駅は海岸線からかなり高いところにありますが、この地点まで津波が襲いました。

吉村昭さんご家族が毎年のように訪れた田野畑村の羅賀にあるホテル羅賀荘です。

このホテル羅賀荘の近くに明治、昭和、平成の大津波の石碑や詩碑が置かれています。「三陸海岸津波」でも「田野畑村津波」の項に詳しく当時の聞き書きが残されています。

ホテルの前には、宮古湾海戦の際、幕府軍艦「高雄」がこの近くの海岸で座礁したことについて書かれた解説版が置かれています。

最終日、好天に恵まれたので、島越から北山崎までの断崖をクルーズに乗ってみることにしました。クルーズでは、景色に合わせて説明がなされ、羅賀近くで座礁した「軍艦高雄」の座礁した海岸に差し掛かるところで「幕府軍艦『回天』始末」の当時の様子が語られます。

今回の旅の様子は動画にもしましたので、よろしければご覧ください。

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